上杉景虎 花押 缶バッジ
型番 PB-UESUGIKAGETORA1
販売価格

220円(税20円)

購入数

上杉景虎 花押 缶バッジ

価格¥216(税込)
サイズ:直径が約25mmの円形
カラー:黒地に白字


缶バッジの裏側です。


ベースボール・キャップに取り付けてみました。(見本には徳川家康公の商品を使用しています)


ニット・キャップに取り付けてみました。(見本には徳川家康公の商品を使用しています)


ショルダー・バッグのストラップに取り付けてみました。(見本には徳川家康公の商品を使用しています)


サイズが100mm及び150mmの商品もございます(別のショップになります)。下記画像をクリックの上、御確認下さいませ。

花押シリーズ 上杉景虎
花押シリーズ 上杉景虎



北条氏康の子でありながら、上杉謙信の元に人質として送られ、謙信の養子として遇された上杉景虎の花押です。

その意匠ですが、養父謙信や、後に謙信の家督の座を争う景勝とは全く違うものです。謙信と景勝には、それなりに似た点もあるのですが…

実は景虎の花押は、実の兄にあたる小田原北条氏四代目、北条氏政のものに似ています。その北条氏政は、武田信玄の娘を妻にしていた関係で、武田信玄、勝頼親子に近い花押を使用していました。

更に言えば、武田信玄は本名の晴信を足利将軍家の十二代将軍義晴から一字拝領している関係で、将軍家に通じる「足利様」と呼ばれる花押を採用しています。そのためか、景虎の花押は武田信玄、勝頼親子に似た意匠になっているのです。

景虎の死によって武田氏との友好関係を破棄した氏政は、その後は独自の花押を使用するようになるのですが、上杉景虎という人物が、何を拠り所としていたのか、そして養父謙信の死後、何故景勝と景虎が争わねばならなかったのかが、花押に表われていたとも言えるかもしれません。




上杉景虎公略歴(1554-1579)
小田原北条氏三代、氏康の七男とされるが、幼少期の動向には不明な点が多い。永禄十二(1569)年に北条氏と甲斐武田氏の同盟が破綻するに伴い、北条氏は長らく関東を舞台に抗争していた上杉謙信との同盟を締結、人質として上杉家に預けられる。

これを謙信は養子として遇し、謙信の姪と縁組させ、名も謙信元服後の初名である景虎とする。

上杉家における景虎の事績、役割についても不明な点が多いが、天正六(1578)年
に養父謙信が急死すると、その後継者候補として、同じ養子の景勝との対立が表面化する。

当初は実家の北条氏とその同盟者である甲斐武田氏の支援を受けた景虎が優勢であったものの、武田勝頼が上杉景勝との和議を締結した事により、劣勢を余儀なくされ、越後から小田原への脱出を目指したものの、途中の鮫ヶ尾にて景勝方に捕捉され、自害して果てた。26歳。


花押とは?…文書に添えられる直筆の署名に類する印、サインの事を言います。現在でも、内閣総理大臣をはじめとする各閣僚が、それぞれ花押を用いて法令などにサインをしています。
その意匠は自身の名や理念、あるいは動物をデザイン化したものまで様々…その人柄を偲ぶことが出来ます




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