太田道灌 花押 携帯ストラップ/キーホルダー(2色刷/10種)
型番 太田道灌01
販売価格

880円(税80円)

購入数
仕様
カラー

オプションの価格詳細はコチラ

太田道灌 花押 携帯ストラップ/キーホルダー

価格(Sサイズ)¥880(税込)
サイズ:アクセサリー部分の一辺が約23mmの正方形


五百円硬貨と並べて大きさを比較してみました。(写真は織田信長公の図柄です)

フィルム状のステッカー台紙に印刷の上、透明樹脂製のドーム・シールを手作業にて貼り付けて、耐久性や光沢感を出してあります。

下の写真のようにキーホルダー仕様もご用意しております。「仕様」欄にて選択出来ます。(見本には佐々木道誉公の商品を使っております)


色の組み合わせを選ぶことができます。下の色見本から選んで「カラー」欄にて選択して下さい。(見本には上杉景虎の花押を使用しております)

黒地に白黒地に赤黒地に金赤地に黒赤地に金
黒地に白黒地に赤黒地に金赤地に黒赤地に金
青地に白青地に赤金地に黒金地に赤白地に黒
青地に白青地に赤金地に黒金地に赤白地に黒


室町時代の関東を代表する武将で、江戸城、川越城などの築城をはじめ、現在の関東地方の開発基盤を築いたともいえる太田道灌の花押を基にデザイン、印刷した上に、透明樹脂を盛るドーミング処理を施して、耐久性、高級感を出しました。

道灌は実名を「資長」と名乗っていたと言われており、「道灌」と称した文書の登場時期から察するに、主君扇谷上杉政真の戦死を受けて入道して道灌を名乗ったと考えられています。花押の意匠は「資長」の頃と「道灌」の頃とで、明らかに違っています。

実際のところ、花押中央の円に二本の斜線を引いたあたりは「道」の文字の「首」部分であろう事が推測できます。関東は応仁の乱に先んじて、戦乱の絶えなかった地域ですが、あまり偽造対策のような事はしていないように思います。

太田道灌という人物は、武勇だけではなく、築城術や文芸にも秀でた事で知られていますが、確かに、なだらかな山の稜線を思わせる横長のデザインには、武張った印象よりも風流な雰囲気を感じられるかと思います。



太田道灌公略歴:(1432-1486)
関東管領上杉氏の一族で重臣の扇谷上杉氏の家宰(執事、補佐役)を務めた武将、太田道真の子で、実名は資長。

父道真も優れて武将として知られていたが、道灌も早くから、その才能を認められていたようで、父と共に関東各地を転戦し、主家を補佐した。

この頃の上杉氏にとって、主たる敵は古河公方足利成氏で、利根川を境界として各地で交戦、道真、道灌親子は川越、江戸城などを築城してこれに備えたという。

文明八(1476)年に関東管領山内上杉家の重臣である長尾景春が、主家に反して挙兵、上杉勢の大敗を知るや、駿河にあった道灌は反転して長尾勢を掃討し、大いに武名を挙げる。

結果的に道灌の奮闘で、長尾景春の乱を鎮定し、その勢いで古河公方との和睦も成立した。

しかし、関東の諸氏が道灌に屈し、あるいはその声望を慕う状況に、主家である扇谷上杉定正とその周辺が脅威を感じるようになり、次第に両者の関係が冷え込んでいき、文明十八年上杉定正の館によって暗殺された。55歳。

道灌の死を契機に、上杉家中の内乱が発生し、後にこの混乱に乗じて伊勢宗瑞が関東平野に進出する事になる。


花押とは?…文書に添えられる直筆の署名に類する印、サインの事を言います。現在でも、内閣総理大臣をはじめとする各閣僚が、それぞれ花押を用いて法令などにサインをしています。
その意匠は自身の名や理念、あるいは動物をデザイン化したものまで様々…その人柄をしのぶことが出来ます




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    Ryusaku

    歴史ファンだけではなく、誰もが使えるデザインで、より多くの方々に歴史や文化財への興味や関心を深めてもらえれば、と考えております。

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